研究内容
鼻副鼻腔領域
1)舌下免疫療法
2014年に我が国で実用化された舌下免疫療法は、当教室の臨床研究が開発の先駆けと言っても過言ではない。
日本医科大学耳鼻咽喉科学教室では2002年頃から学内の倫理委員会の承認を得てスギ花粉症患者に当時は注射用の治療エキスをパンに含ませて舌下に投与する方法から研究を開始した。すでにヨーロッパではイネ科花粉症に対して治療実績のある方法だが日本では全くの未知の治療だった。
その後2005年には厚生労働省班研究において多施設共同プラセボ対照二重盲検試験を実施し臨床的有効性を確かめることができた。これらのエビデンスの蓄積に基づき製薬企業が臨床試験を実施して国内で認可されることになったわけである。医師主導臨床研究の成果から新規の薬剤が市場に出ることになった貴重な事例といえる。
では舌下免疫療法がなぜ効くのか?明確な答えは現在も多くの研究機関で模索されている状況である。当教室では東京都医学総合研究所との共同研究によっていくつかのエビデンスを見出している。機械学習および階層的クラスター解析を活用し治療効果予測法を確立したり、50種の血清サイトカインから15種のサイトカインが有効性に強く関与していることを同定した。このような研究成果を集積することによってアレルゲン免疫療法のメカニズム解明に繋げていきたい。(後藤)
2)鼻副鼻腔領域におけるメカノストレスの応答機構
鼻副鼻腔領域は、呼吸や嗅覚行動によって常に物理的刺激に曝され、粘膜上皮細胞が変形してその内部にメカニカルストレス(メカノストレス)が生じています。しかし、鼻副鼻腔部疾患の病態形成に関与するメカノストレスについてはほとんどが解明されていません。
皮膚科・形成外科領域ではメカノストレスの影響が研究され始め、皮膚の表皮細胞において、伸展刺激によりATP放出、Ca2+濃度の上昇が創傷治癒を促進すること、またアトピー性皮膚炎が非接触の圧刺激で改善することが報告されています。このことから、メカノストレスを利用した治療(メカノセラピー)が実現可能と考えられています。
以上のことから、鼻副鼻腔のメカノストレスの応答機構を解明し、アレルギー疾患や術後創傷治癒に対するメカノセラピーの実現を目的に研究を行っています。
粘膜細胞に振動圧刺激を加えると、細胞内のCa2+濃度が上昇、低下を繰り返す、オシレーションが観察され、これは表皮細胞でも見られる現象であり、粘膜細胞でも振動圧刺激により同様の反応が生じることがわかりました。ヒスタミンを添加してアレルギー炎症状態にした細胞内のCa2+濃度は持続的に上昇しますが、振動圧刺激を加えると、細胞内のCa2+濃度の上昇が抑制されます。このことからアレルギー性鼻炎などの鼻副鼻腔のアレルギー疾患に対するメカノセラピーの可能性が示唆され、引き続き研究を行っています。
3)日本医科大学武蔵小杉病院の主な研究テーマ
日本医科大学武蔵小杉病院の主な研究テーマは、①好酸球性副鼻腔炎の病態研究と②Local Allergic Rhinitisである。それぞれ文部科学省の科学研究費を取得して進めている。
その内容を以下に示す。
① 好酸球性副鼻腔炎の病態研究に関する研究
若山 望
若手研究(B)2019年度~2020年度
好酸球性副鼻腔炎における新規治療指針の検討 ー病理所見からのフェノタイプ解析ー
② Local Allergic Rhinitis(LAR)に関する研究
石田麻里子
若手研究(B) 2016年度~2019年度
本邦におけるLARの実態と病態解明に関する研究
*本邦で初めて、ダニやスギのLARの存在する可能性を英文論文報告した。
(ダニ)LAR症例における下鼻甲介粘膜でのリンパ濾胞形成(局所抗体産生)
松根 彰志
基盤研究(C)(一般)2019年度~2022年度
好酸球性副鼻腔炎病態への腸内フローラ、カンジダ増殖関与についての予備的研究
耳科領域
内耳性難聴発症に対する細胞生物学的・行動科学的アプローチと新規治療法の開発
加齢性難聴のモデルマウスや急性感音難聴のモデルとしての急性音響外傷モルモットの作成を行い、それらのモデルを用いて急性音響外傷における転写制御因子Activator protein-1(AP-1)およびHypoxia inducible factor-1 (HIF-1)などのストレス応答分子の動態の観察を生化学的および形態学的手法を用いて行っている。神経特異的Erk1/2コンデイショナルノックアウトマウス(防衛医科大学校生理学講座佐藤泰司教授との共同研究)は、佐藤らが世界で初めて報告したものであり大変有用である。このマウスから作製された内耳特異的Erk1/2コンデイショナルノックアウトマウスの聴覚特性の解析することにより、内耳障害を引き起こす可能性のある分子ネットワークを網羅的に解析、検討することが可能となり、内耳障害の診断と治療、またその進行の独創的な予防法が明らかになると考えられる。現在、Erk2の内耳特異的コンディショナルノックアウトマウスを作製して聴覚機能の解析を開始している。本内耳特異的本コンディショナルノックアウトマウスは形態学的な異常は特にないことを確認した。また、今回作製したマウスにおいて、内耳組織に特異的にErk2が発現していないことが確認された。ABR(Auditory Brrainstem Response)による聴覚機能検査を現在行っている(慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科藤岡正人講師との共同研究)。
蝸牛有毛細胞の細胞骨格と核を染色
各種聴覚障害に対する聴覚再獲得法とQOLの関係の調査
高齢化の進展に伴い,加齢性を主体とする聴覚障害と平衡機能障害の増加は必至である。聴覚障害や平衡機能障害は、QOL低下の大きな原因の一つであり、認知症の進行やうつ病発症などのリスクになるため、適切な介入が必要である。障害による日常生活への支障を把握することは、聴覚障害と平衡機能障害の治療やリハビリテーションにおいて重要であるが、聴覚・平衡機能検査のみで把握することは困難である。質問紙は障害の実態を自己評価に基づいて数量化するものであり、主観評価を概括的に捉え,対応すべき課題を明らかにできる。聴覚障害や平衡機能障害においては、活用することで治療やリハビリテーションがより有効になることが期待される。そのため、海外では1960年代より多くの質問紙が開発されている。本邦でも、海外の既成の質問紙を翻訳して使用したり、独自の質問紙を開発したりして行われているが、その効果の検証や新たな質問紙の作成が求められている。
本研究では、聴覚障害と平衡機能障害に対して治療を行った患者における海外と本邦の質問紙の回答データを検討、評価することで、聴覚障害と平衡機能障害患者の実態の把握と、質問紙の効果を検証することを目的とする。
文部科学省科研費
松延 毅 基盤研究(C) 平成30年度~平成32年度
内耳性難聴発症に対する細胞生物学的・行動科学的アプローチと新規治療法の開発
加藤 大星 若手研究 平成30年度~令和2年度
聴覚障害におけるRas/Erk経路の細胞生学的・行動科学的アプローチによる研究
鈴木 宏隆 若手研究 令和元年度~令和3年度
内耳障害における栄養因子を中心とする新しい分子メカニズムについての研究
佐久間直子 若手研究 平成30年度~令和2年度
先天性難聴児における遺伝子解析と言語発達の関連性
頭頚部領域
頭頸部グループでは各部位別の治療成績を検討し、治療成績の悪化につながる因子についての検討を行っています。また、術前画像所見と手術所見の比較(頸動脈浸潤、内頸静脈浸潤)から、手術前に臓器温存の可否を予測する試み、唾液腺腫瘍(良性、悪性)の臨床統計学的検討、治療前栄養指数と治療に伴う有害事象の関係についての検討、頸部腫瘤に対する穿刺吸引細胞診における穿刺針洗浄液のマーカー測定の有用性の検討など、臨床研究を中心に幅広く取り組んでいます。基礎研究も大学という環境を生かして他施設との共同研究を含めて今後取り組んでく予定です。